感動を覚えた!古典ギリシャ語の最初の授業で教授、一層実感した意義深い体験
時間の枠を超えて。歴史を繋ぐ、道が通う。
ラブコメ史の考察本『ラブコメ解体新書』を書いたReiji(@Reiji_bokuben)さんがこの授業を学んだおかげで古典の良さをより一層実感した意義深い体験。プラトンが著した『ソクラテスの弁明』の一節を読み。降り立ったような。
古典ギリシャ語の最初の授業で教授から「この言語は死んでおり、習得しても誰とも喋れません。ただ、石碑と喋れるようになります」と言われた時は笑っていましたが、1年経ってソクラテスの原文をそのまま読めた時は二千年前の人と「喋った」気がして言葉にできない感動を覚えましたね、、(笑)
— Reiji (@Reiji_bokuben) February 29, 2024
ちなみにソクラテスの文章ではありませんが、古典ギリシャ語の文章はこんな感じです、、(私も若干忘れかけていますが笑) pic.twitter.com/CPrghrVulL
— Reiji (@Reiji_bokuben) February 29, 2024
山本夏彦翁も文語を知れば昔の人と語らえると言ってましたね✨
— milkypia (@milkypia) March 1, 2024
「石碑を読めるようになる」
でなはく
「石碑と喋れるようになる」
という表現一つで、その教授がどれだけ深くその学問を愛しているかが伝わってきます。
— 蒼い黒猫 (@project_rider) February 29, 2024
2千年前の方が考えて書いた文をそのまま読めるなんて…
確かに『喋った』のと等しいかも…
— ひろくん。 (@Mrinvestment7) February 29, 2024
確かアイスランド語は1000年前と文法がほぼ全く変わってなく、言葉遣いの差異を理解すれば比較的容易に昔の文献がほぼ読めるらしい。余談ですが。
— andy (@andrew69music) February 29, 2024
国会図書館本館の壁に刻まれた“Η ΑΛΗΘΕΙΑ ΕΛΕΥΘΕΡΩΣΕΙ ΥΜΑΣ”を初めて見た時は、感動でその場に崩れ落ちそうになりました。みんなももっと見て!
— がら (@psaria) February 29, 2024
これが「彼方からの君に捧ぐ」
すげえ・・・
— Ca2+ (@mentalyowaCa) February 29, 2024
あぁ、私が漢文を読んだ時の感動とすごく似ている気がします。
古代の人に触れることができる浪漫の風を感じるというか‥‥
— Jin (@jin94321900) February 29, 2024
古典ギリシャ語は大学と大学院で勉強してたので、その感覚は共感できます。既にある日本語訳をなるべく使わずに原文を訳すと、本当に会話してるような気になるので、翻訳するたびに感動してました。
— masataka (@masatak86390006) February 29, 2024
いいすね
そしてたぶん、見たことない2千年後や1万年後の人も横にいて同じように会話してるだろな感とかもするし
— Fラン社畜 (@fran_syatiku) February 29, 2024
自分の友人でめちゃくちゃ字が汚い人がいて、唯一自分だけが彼の書いた字を読めたので、周りの友達が読めなくても自分が読んで伝えていたので、この気持ちよくわかります
— 佐藤堅一(Kenichi Sato) /株式会社ハッピースマイル代表取締役社長 (@ceo_happysmile) February 29, 2024
学んだことが何かに結びついて点が線になった瞬間の喜びは人間だからこそなんだと思う。生きている喜びよ。
生活の役に立つとかじゃないけど、そのために生きるとか働くとか誰かと接するとかが人生なんだと思う。
— みずきまうす@出ずに〜 (@MizukiMausu) February 29, 2024
私たちが学ぶ理由はきっとここにある
— きちんと手を洗うnukoBASS (@nukoBASS) February 29, 2024
古典ラテン語も音楽家しか使わないですよねぇ
— ゆあがりくじっち (@demojanaiwayo) February 29, 2024
学の楽しさってのは学んだ人にしか分からんようになってますねえ
— 助三郎 (@heisse_suke3) February 29, 2024
そうなんだよな。漢文を学ぶと、いつでも周文王や周公や孔子や孟子や老荘や列子や屈宋や太史公や司馬相如や揚子雲や班孟堅や諸葛孔明や嵇康や李杜や韓退之や柳子厚や歐陽文忠公や司馬溫公や三蘇や黃山谷や陳師道や陳簡齋や陸放翁や錢牧齋や柳如是や汪容甫や黃仲則たちと、おしゃべりできるんだよね。 https://t.co/hKx08Ayiz0
— 蓉堂居士 (@rongtangjushi) February 29, 2024
これ「ソクラテスの原文を」っていうのがミソというか笑いどころで、知ってると落語のようにクスッとできるようになってるのが秀逸。やはり古典教養は役立つとか役立たないとかじゃなく、ただ知ってるというだけでそれはそれで良いものだなぁ
※ソクラテスは言葉を文字で書き残すことに否定的だった https://t.co/w5n7XoimA7
— Mia (@mia6928) February 29, 2024
似たような体験で大学でくずし字を学び使えずとも大和絵展で藤原公任の日記を読めた時は興奮しましたね、1人でムスカみたいになってた https://t.co/TuTgTJJJGg
— さばかん (@sabakan___bay) February 29, 2024
高校の頃、何をとち狂ったのか古代ギリシャ語の教本を買って勉強した思い出… 今となっては単語の断片しか思い出せないけど、当時はギリシャの碑文とかみて「読める、読めるぞぉ」とか喜んでたな…w https://t.co/ov8MtiGfJf
— karino (@mkarino) February 29, 2024
ローマ数字で1000を表す記号の「ↀ」が無限を表す「∞」の元になったとされる逸話を聞くと、「古代人にとっては1000が無限だったのか」とも思え、文字を通して古代人の考えに触れられるのは感慨深いですね。 https://t.co/p8ngmReliT
— 前向き一番 (@OZTs5S2ygYzicXl) February 29, 2024
北欧神話で「ルーン文字を理解すれば死者にしゃべらせることすら可能」という話があったけど、こういう意味だろうな。
文字が読める人間とそうでない人間にはそれだけの差がある。 https://t.co/61UePZ4ieG
— yunyun (@yunyun40830566) February 29, 2024
『論語』を読めば孔子と弟子たちの会話を傍で聞けるし、『史記』を読めば司馬遷と一緒に俊傑たちの人生を眺めながら人物評が出来る。
李世民と李靖の二人っきりの問答(『李衛公問対』)に同席だってできる。
こんな凄い体験、どれだけ金や地位があっても出来るもんじゃない。 https://t.co/d7YmuBj4bR
— 倖成卓志/Koujou (@tkoujou) March 1, 2024
日本語でいうと、
草書体や変体仮名を読み書きできたら石碑とか古文書とかを読めるようになる感じか
草書体を読むためには書けるのが大事
手の動きを逆算して元の字を推測して読むから https://t.co/7APO7ZRrAp
— Sachiko_i (@Sachiko_Vo_Sop) March 2, 2024
これだよこれ!
私も甲骨文や金篆隷草書や変体仮名とか勉強しまくってて、気づいたらその辺の石碑とか博物館の古文書的なのとかと喋れるというか、ずいぶん読めるようになったんだよね
息子と博物館に行ったときに読んでやるとすっごく喜んでくれるの
なんというか学問の楽しさを教えられた気がしたよ https://t.co/OzIW50TQuM
— 芙蓉/しましまねこ (@WEHNvD660Oj9u1o) February 29, 2024
学問というものはこういうことなんですよね
一見無意味のようなことに価値がある https://t.co/b2Bs2Iftso
— らんちば@千葉ラーメンブロガー (@lanciba) March 1, 2024
こういう「役に立たない」のが学問の醍醐味だ https://t.co/Twlf0DLuYd
— Koh Hotta (@KohHT) March 1, 2024
徒然草第13段「ひとり灯(ともしび)のもとに文(ふみ)をひろげて、見ぬ世の人を友とするぞ、こよなう慰むわざなる」の心ですね。これがほんと魅力。 https://t.co/wz0RSqRRjm
— あ〜る(藤井久高)@スペース勉強法 (@r_toeic) March 1, 2024