特殊な仕事をしている両親から跡取りになることを義務づけられていた、生け贄にしたことを申し訳なく思っている

結果良ければ全て良し。

誰も損してない。

「思惑通り」

母親から逃げるために、弟と妹を生け贄にしたこと。

うちは両親がちょっと特殊な仕事をしていて、私は「どちらかの跡取り」になることを義務づけられていた。

物心つく前から「将来は◎◎か、△△になるのよ」と言われて育ち、そのための英才教育を徹底的に仕込まれた。

読書以外の娯楽は一切禁止で、友達と遊ぶ事も許されなかった。

幼稚園から帰るのが嫌で「家に帰りたくない、ずっと幼稚園にいたい」とダダをこねたことを、今でもよく覚えている。

小学校1年生のときクラスメイトが、

「妹が生まれてから、両親が妹にかかりっきになった。妹のことばかりで、自分はほったらかしにされている」と言うのを聞いた。

「弟か妹が生まれれば、両親は私をほったらかしにするかも」とひらめいた私は、帰宅してさっそく両親に「弟か妹がほしい」とねだった。

両親としても、跡取りは2人(「父方の職業を継ぐ子」と「母方の職業を継ぐ子」)必要なので、いずれは…と思っていたらしい。

私は両家の祖父母&従兄弟にも働きかけ、「やっぱり一人っ子は…」「兄弟はいたほうが…」と誘導してもらった。

そして私が小学校3年生のときに弟が、小学校6年生のときに妹が生まれた。

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私の思惑通り母は弟と妹にかかりっきりになった。

そして私はそれとなく、弟と妹がいかに優秀か、自分よりいかに優れているかを両親と弟妹に刷り込んだ。

「弟は私より◎◎に向いてると思う」「私なんかより妹のほうが、ずっと△△がうまい」と言い続けていたら、

いつの間にか弟も妹も本気になり、私が大学受験を迎えるころには「跡継ぎになりたい」と自分から志願するほどになった。

両親は弟と妹を跡取りにし、私は晴れてお役御免となった。

「お前には悪いが、お前は跡取りとして認めない。弟妹に継がせるから、お前は自分一人で生きろ」と言われたときの開放感は忘れられない。

遠方の大学に進学し、そのまま就職して結婚して、今に至る。

2人とも立派な跡取りになり、「お姉ちゃんが譲ってくれたおかげで、天職に巡り会えた」と喜んでくれている。

譲ったんじゃなくて押し付けたんだ。巡り会えるように洗脳したんだ。

自分の人生を守るためにしたこととだから後悔はしてないけど、今でも申し訳なく思っている。

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