「謝ってるから許してあげなさい」という教育への疑問→共感の声が続々と集まる 2018-12-27 ジャンル:その他 Twitter Facebook LINE はてブ 謝るのは当たり前。許すかどうかはその後の態度次第。 「謝ってるから許してあげなさい」という教育への疑問→共感の声が続々と集まる。 「わかる」 「謝ってるから許してあげなさい」という教育は本当に害悪だと思う。許すか許さないかはその人にしか決められないし、相手を許せない自分に罪悪感を覚える必要もない。 — Nikov (@NyoVh7fiap) 2018年12月25日 「心の傷が付きまとう」・「この言葉は呪い」 謝るというのはごめんなさいで「終わり」ではなく、「これから反省しているという事を証明していきますので見ていて下さい」という「始まり」なんですよね。大人でもそれが判らない人がよくいますが… — 機械犬はジャクソンVを買いました (@edgeofinsanity4) 2018年12月25日 本当にそう思います。「許さないことで自分自身も苦しめている。許すことで解放される。」などと、相手を許さないことはイコールあなたが未熟なため、だとか言われたことある。許すか許さないかはその人にしか決められない。本当にそう思います。 — TOMATO (@mimihana) 2018年12月25日 謝られても、その人が「なにが悪かったのか」理解してないことが多いんですよね。言葉面だけで態度が正反対なんてことのほうが多いくらい。 教育では善悪の判断力を養うことと並列して、自分の行いを顧みれる精神を教えるべきだと思う。 — lily (@lily_onyx_) 2018年12月25日 『謝っているんだから許してあげればいいじゃない』と、第三者に言われるのがとても嫌です。 — まつもとよしえ (@my448) 2018年12月25日 全然反省してないのに形だけ謝られても余計に腹立ちますもんね。そこで、先生とかは謝罪の言葉を口にしたんだから許せと理不尽なことを押し付ける。翌日や翌々日には同じいたずらやいじめをもっと狡猾に巧妙に仕掛けてくるだけ。事態が悪化するだけ。 — BEN (@benkoya) 2018年12月25日 それめっちゃわかります!うちも、子どもには、謝っても許してもらえるかはわからないけれど、悪いと思ったら謝った方がいいよって教えています。 — honohono (@honohon74616184) 2018年12月25日 とてもよく分かります。保育の現場で子ども達の喧嘩の仲裁に数え切れないほど立ち会いましたが、よく話し合い、無理に謝らせることはしませんでしたし「ごめんねって言ってるけど、どうする?」とその子の気持ちを尊重するようにしていました。私自身も「許せない自分を許す」ことを大切にしています。 — いちごお母ちゃん (@ayaichigomama) 2018年12月25日 同感です。長女が「謝ってるのに何で許してくれないの❗️」とよく言うんですが同じ事を言っています。【悪い事をした/怒られた→謝った→もういいでしょ?】という開き直りとも取れる流れになるのが納得行かなくて。 — malietti (@Malietti_) 2018年12月25日 謝っても許されないなら"謝らない"とならない土台を作るために大人が苦心した結果なのかなと感じます。教育に関わっていた頃の話ですが。「謝ってるけどどうする?」という問いかけを多用し、ときに「許さない!」という子も。でもそれ程のことをしたんだよ。とフォローをすることが大人の役目でした。 — ひろと (@Hiroto_nabe) 2018年12月26日 それと同様、とりあえず謝っとけばいいという教育も悪だと思います。謝るという行為ではなく、謝るに至る過程や意味をちゃんと教えないと謝ってる意味がないと思うのです。 — agape.1111 (@agape808) 2018年12月25日 Facebookでシェア Twitterでシェア